デジタル生存競争 〜誰が生き残るのか〜

豪華なリゾートでの講演

 超豪華なリゾートに招待され、高額な謝礼で「テクノロジーの未来」についての講演を依頼された。移動はビジネスクラスの飛行機で、温めたミックスナッツが出てくる。空港にはリムジンが待っており、砂漠の真ん中のスパ&リゾートで、部屋専用の露天風呂が付いていた。
 依頼者は、5人の極めて裕福なIT投資・ヘッジファンドの世界で上層部にいる人たちで10億ドル以上の資産をもつ大金持ちだ。
 彼らの関心は、気候危機を避けるため移住すべき土地はどこか?気候変動と細菌戦争ではどちらが脅威か?シェルターでの空気供給源は?地下水が汚染される可能性は?「事件」発生後、私の警備隊に対する支配権を維持するにはどうするか?世界が滅亡する日に備える防空壕をどうするか?「事件」とは、環境破壊・社会不安・核爆発・太陽嵐・ウイルス・コンピュータなど。
 この富豪たちは、世界をより良い場所にするためではなく、人間のあらゆる条件を超越するためのデジタルの未来に向かって準備している。今存在する危険から自分たちを隔離するという考えに取りつかれ、彼らにとって、テクノロジーの未来とは、他の人間から逃れることだった。

ビジネスになったインターネット

 インターネットの出現はビジネスチャンスであることが認識され、権力と資金を持つ人々がそのことに気付くようになった。技術開発は、集団的な繁栄を目指す物語だったが、富の蓄積を通じて個人的な生き残りを図るものになった。
 少数のために多数の貧困化を容認するという現実的な倫理に対しては批判的であるはずのメディアや言論界の大部分は、市場感覚に圧倒されて屈服してしまった。

人間を封じ込める

 全速力で進むデジタル資本主義は、地球環境、世界中の貧しい人々、さらには文明の未来に壊滅的な影響を及ぼす。貧困化した先住民の子供や家族がそのゴミを拾って選別して、利用可能な材料をメーカーに販売する。メーカーは、皮肉なことにこれをリサイクルと称して、環境保護および社会を良くする活動の一環だと言う。「見えないものは忘れられる」という、貧困と有害物質を企業の外部に押し付ける行動はなくならない。

マインドセット

 シリコンバレーの逃避的な態度を「マインドセット(無意識の思考パターン)」と呼ぶ。
 「勝利」とは、自分たちが金儲けをすることによる害悪から自らを隔離するのに十分な資金を稼ぐことである。勝者は何らかの方法で他の人類を置き去りにして逃げられる。最も権力を持つ人々が、自身が生み出したこの世の終末から自分たちが脱出する手段のことである。

億万長者の防空壕戦略

億万長者が破滅の日の準備の要求に応える仕事をしている企業

  • 災害に耐えられる物件を専門にしている不動産業者
  • 地下移住プロジェクトの予約を受け付けている会社
  • さまざまなリスクマネジメントを提供する警備会社
  • 弾薬庫、ミサイル格納庫付き地下のマンション
  • 超エリート向けシェルター(模擬太陽光が照る庭園エリア付きプール・ワイン貯蔵庫)
  • セーフ・ヘイブン・ファームズ(完全武装・自給自足・住宅兼農場)設立プロジェクト
    第一農場:警察が機能している間に稼働 第二農場:詳細は秘密になっている。

 避難場所を正常に維持できるチームを結成するとともに、備えをしていなかった人々、つまり避難場所に入れなかった人々からその避難場所を防衛する。
 「正直に言えば、銃を持ったギャングよりも、入口に赤ん坊を抱いた女性が食べ物を求めて立っている状況を憂慮します。」

私たちはSNSで働かされている

 「いいね」リンク先のクリックは、記録され、分析され多くの関わりを持つよう仕向けられる。私たちはユーザーではなく、商品かつ労働力なのだ。そして、その受益者は株主だ。デジタル企業は指数関数的な成長を遂げており、利益を出さず、税金を払っていない。

権力は共感を失わせる

 人間は、権力を持てば持つほど、「運動共鳴」すなわち他人の動作を真似ることが少なくなる。勝利とは、その性質上、自分が他の人々から離れた位置に立つことだ。現在シリコンバレーで行われている資本主義は、敗者を無視する風潮が広がるのに加担している。

テクノバブルの中に閉じこもる

 デジタルの未来を築こうとしている男の子たちは、理想的な女性をシミュレーションする技術を開発している。予測アルゴリズムが彼らの要求を計算して、直ちにそれを作り出す。性心理的に未熟な男性が、現実世界の面倒で過酷な状況にさらされることなく、完全に制御されてすぐに応答がある環境に閉じこもって、全ての恩恵を享受したいというもの。「私たちは、人々が思っているよりもずっと映画『マトリックス』の世界に近づいている。」

ダムウェイター効果:見えないものは忘れられる

 小さな手動式エレベーターを発明し、町にいる奴隷が料理の皿を持って階段を上らなくても済むようにした。
 スマートフォン組み立ての最終段階では、労働者が有毒な溶剤を使って自分たちの指紋を拭き取っている。アマゾンでも、商品倉庫の中で走り回る労働者に会うこともない。
 人類の未来を設計するつもりになっている人々は、一般の人々や自治体・政府の意見が彼らの遠大な構想と対立すると考えている。幸運な一部の人のための宇宙ステーションや火星移民地は、滅びつつある地球に取り残される多数の労働者がいなければ建設できない。マインドセットに基づくビジネスモデルは、彼らに奉仕する労働者と消費者を収奪的に利用することに依存している。テクノロージーが全ての仕事をしているという幻想を見せている。

非人間化と支配と収奪

 IT業界の事業計画:新しいアイデアにより現状を打破し、競合する他社を排除し、市場を最大限成長させ、頂点に達した時に売却またはIPO(新規上場)という出口戦略。
 征服へ向けて進もうとする傾向は、人間の潜在的な性質であり、ある種の発見やイノベーションによって活性化し、増強するもの。

企業植民地主義の支配の構造

  1. 先住民を人間以下の存在だとみなす
  2. 収奪
  3. 絶え間ない成長の追求

 現代の企業の考え方によれば、自分たちは植民地への入植者であり、事業を拡大しようとする地域の住民は、収奪される先住民である。結果、技術的イノベーションは、支配・収奪・成長を強化する手段と見られるようになる。資産と権力を求める衝動は、一人のプレイヤーが全てのお金を独占するまで全員で続けるポーカーゲームのようなものだ。

ゲーム理論専門家ジョン・ナッシュの研究

 取引においては裕福な側が常に有利であり、この結果に対抗するルールや制限がない限り、それが成立することを証明した。規制のない市場に不平等が存在する場合、最も裕福な者が有利になる。だから、彼らはその資産を使って規制緩和を推進し、さらに資産を増やしていく。

メタとは何か

 「永遠に指数関数的に成長しようとするレース」
 メタに進むとは、アメリカ的な方法であり、「マインドセット」の基本的な前提である。ある段階での成長が限界に達すると、メタへ進むことによって、幸運な一部の人々が次の段階の抽象化へ上がっていく。メタバースの中では、嫌いなものを排除して隔離された生活を送ることができる。デジタル環境の世界には、貧困や汚染など、取り残された私たちが対処しなければならない問題は存在しない。
 カーツワイル(グーグル技術部門の責任者)は、人間は、意識をクラウドにアップロードしたり、それを新しいハードウェアにダウンロードしたりして、不死を達成できると説明した。
 裕福な技術者は、クラウドへ進出するが、大衆は取り残され、物質の世界でお互い競争する。

人間の行動を条件付けする

 現在のソフトウェア企業は、もはやコンピューターのプログラムを作っているのではない。「いいね」は、合図に合わせてドーパミンを放出させ、強制された行動を促進する。人間の本能に訴えて興味をひいている。技術者は、コンピューターを使って人を操ることができる。

新しい運動というビジネス

 暴虐的な政府や企業、裕福な個人は、自然災害や軍事災害に際して、意図的に新自由主義的な政策を打ち出し、特定企業の利益を守り、柵で囲まれた自分たちだけのコミュニティーを構築しようとする。新型コロナのパンデミックでは、ワクチンによる利益だけで、少なくとも9人の億万長者が生まれた。

太陽光パネルの矛盾

 太陽光発電で、太陽光パネルを製造し設置する企業に多くの利益をもたらすのに対して、カーボンフットプリント(二酸化炭素排出量)の総計や環境への影響は、仮に良くなるとしても、それほどではない。パネルは、設置後わずか2〜3年で劣化が始まり、10〜20年ごとに取り換えが必要。パネルの廃棄によって、大量の有害物質が出る。

テスラ

 走行中には二酸化炭素を出さないが、原材料調達から廃業に至るまでの全体的な二酸化炭素排出量は、ガソリン車とあまり変わらない。

グレートリセット = より良い形態の資本主義

 気候変動、世界の貧困、さらに関連する全てのものを解決できる事業や技術への大規模な投資を促進すること。グレートリセットが始まった理由は、実際には、地球の持続ではなく、資本主義の持続であろう。成長の原則は間違いであり、地域や国の規制を撤廃すれば、市場の力を使ってあらゆる問題を解決でき、その過程で投資家がより裕福になると考えている。自分たちがシステム全体の再起動をする役目を引き受けて、21世紀最大のチャンスに乗り遅れずに参加しようとしている。

ステークホルダー資本主義

 「株主の利益だけでなく、労働者の利益、企業活動によって影響を受ける地元の人々の利益も認める。」という考え。
 立派なことを言っているようだが、人類の将来の幸福は、自分こそが最もよく理解していると思っている裕福な人々の気まぐれに委ねられてしまう。例えば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が、人々をマラリアから守るためにザンビアとナイジェリアに送った蚊帳は、地元の漁業を台無しにした。池や川で魚を取る網として使ったため、幼魚まで捕まえ再生サイクルが壊れてしまった。また、網に塗ってある殺虫剤によって、他の生き物が死滅し、水を飲むのにも適さない状態になった。

成長からの脱却は可能か?

 唯一の本当の答えは、みんながエネルギー消費量を減らさなければならないということだ。電気自動車、ガソリン車、ハイブリッド車のどれを買うべきかと議論するのではなく、自動車に相乗りする、職場まで歩いて行く、在宅勤務する、あるいは仕事量を減らすことが望ましい。暖房の温度を下げてセーターを着よう。
 本当の自立性とは、コミュニティーのあらゆる義務に拘束されず、自分たちが生活している状況にも左右されないもの。私たちが満足できるのは、無限の選択肢および絶対的自由だけだ。それは、私たちの遺産であり、運命であり、奪うことのできない権利なのだ。
 歴史的に、経済的不平等がこれほどのレベルになると、社会がファシズムに支配されなかったことはない。物理的な環境にこれほど負担をかけると、文明が崩壊しなかったことはない。

直線から循環へ

 成長に依存しない循環的な経済を構築するための原理は、資源と収益をコミュニティーの中で循環させ、労働者階級が利用できるようにすること。相互扶助の力を活用して、コミュニティーメンバー一人一人を、それぞれの必要に応じてサポートし、生活の改善を助ける。他の労働者との協同組合として事業を運営することによって、大企業や関心のない投資家からの独立を維持する。
 私たちの責任は、「マインドセット」に対抗して行動すること、一方的に進む矢だけしか見えていない人に循環という考え方を紹介すること、早く脱出することばかり考えている人に思いやりのある長期的思考を勧めることに相当する。

人間の神経系は単独で働いていない

 私たちは、感覚を持った生物としての個人であり、他の人々や自然とより深い関係を持とうとしている。

ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)

 他人とのコミュニケーション、つながり、交流を持つための能力に関する神経生理学的の原理を示す。人間の神経系は単独で働いているのではなく、まわりにいる人々の神経系と協調しているということ。
 私たちの身体的および精神的な健康は、そのようなつながりの発達によって決まる。他人を置き去りにして進もうとするのは、無意味であり、ばかげたことだ。

著者

ダグラス・ラシュコフ
1961年生まれ。米国ニューヨーク州在住。
第1回「公共的な知的活動における貢献に対するニール・ポストマン賞」を受賞。『Cyberia』/『サイベリア』、『MEDIA VIRUS!』/『ブレイク・ウイルスが来た‼︎』、『Throwing Rocks at the Google Bus』(グーグルバスに石を投げろ)、『Program or be Programmed』/『ネット社会を生きる10ヵ条』、『チームヒューマン』など多数執筆。『「デジタル分散主義」の時代へ』という論考が翻訳されている。

タイトルとURLをコピーしました